女性の自信

けれども、ほんとうにそういうものでしょうか、醜い容貌の男を、
醜いから立派な男だと考えるのは、たいへんコッケイな理屈のように思われます。
こういう考えかたはおそらくひと昔もふた昔も前の男性観のように私には思われます。
それにしても、いったい、どうしてこういうバカげた理屈がでてきたと思います?
私には、さしあたって次のような理由しか考えられないのです。

第一に、自分の容貌とかなりふりにちっとも頭を使わないような男は、それだけ精神とか仕事とかに頭を使うだろう、
だから、しぜん、彼は立派な男になるだろう、という理由。
第二に、容貌や容婆の端正でない男は、結婚後も女性の問題で間違いをおかすことが少ないだろう、
だから安全だという理由。

第一の理由は、もちろんぜんぜん根拠のないことだと思います。男性にしたって、青年期には、
自分の容貌の美醜をたいへん気にするものです。「俺はこの顔では、女にはとても縁がなさそうだ
から女のほうはあきらめて、精いっぱい、人間を磨くことにしよう」lこんなふうに考える男
性だって、たまにはいないこともないでしょうが、どうも容貌が醜ければ精神は美しいだろうと
いう考えかたには、どんなことがあっても、私は賛成する気にはなれないのです。同時にこれと
おなじ考えかたを女性にあてはめて、「あの人はあんな美しい顔をしているから、きっとこころは
夜叉だろう」などといういい方にも賛成したくないのです。

第二の理由の間違っていることについて、いまさら申しあげるまでもないと思います。みっと
もない男を夫にもてば、女性の問題で心配しなくてもすむという考えかたは、第一、妻としての
女性の自信のなさを露骨に示しています。顔も心も美しい男性を夫にもち、その夫を終生、自分
にひきつけておくだけの自信をなぜもってはいけないのでしょうか。
相性が合う結婚相手をみつければ、夫婦間に問題が生じて解決するために
ここに書いたような大変なことをしないで済むかもしれません。

参考:
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