アバタもえくぼ

正直に申し上げて私はまだよく人間の顔というものがわかりません。顔というものはいうまで
もなく動いているものです。表情のあるものです。その意味で、写真にうつった顔はほんとうの生
きた顔ではありません。写真で見たとき美しいと思った顔lその顔が話したり笑ったりすると、
ひどくげすに見えるぱあいもありますし、その反対のぱあいもむろんあります。顔は、まことに
微妙なものです。そして、私たちが若いうちは、よくこの顔のもっている微妙さを見逃がし、
ブロマイド的な美醜によってのみ判断しがちのようです。

こんなことを書いていると、私は男の顔について論文を書かねばならなくなりそうです。
ですからやめます。ただ、顔の美醜をかれこれ皆様がおっしゃる前に、顔というものは不思議なもの
だということを忘れていただきたくないのです。そこで、話をしていて、やさしさの閃めく顔、
健康な感じのする顔、そのくせ、どこかに強いもの、性格の強さをのぞかせるような顔、つまり、
どこかしまっている顔、ダラシのないという感じのしない顔、そういう顔の人をおえらびになったらどうでしょう。

私はさきほど、男の顔は年をとればとるほど、美しさや醜さがハッキリするものだと申しました。
そこで、あなたがいま択ぼうとしていらっしゃる男性の顔が、もし四十歳、五十歳になったとき、
どう変化するだろう、頬の肉がおちて、シワがハッキリ溝をふかめたぱあい、いったい、
どういう顔だちになるだろう、これを考えていただくのもいいかと思います。
人間は恋をすると、アパタがエクポに見えるものです。恋をしないで、アバタのなかにエクポ的なものが見えるような、
見えるように思われる顔、そういう顔をおえらびになったらどうでしょう。
うまくいかない夫婦は関係修復に時間と手間がかかりますので、相性がピッタリの相手と出会えば夫婦間の問題は起こりにくいか、起こっても解決はこんなに大変ではないでしょう。

出典:結婚相談所 比較
031
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男の顔

ところで、男の顔というものは、中年をすぎると一般に大へん個性がはっきりして来るものの
ようです。顔にはいわゆる『彫り』がでてきます。味わいがでてきます。それは美しいとか醜いと
かいう種類のものではなくして、むしろ、その人のこころの卑しさ、高さ、激しさ、弱さを示す
もののょうに思われます。ひところ、若い女性が中年過ぎの男性にひかれるという流行があった
ようですが、こういう好みの一面には、たしかに男性の顔の魅力について一種の正しい詮かたが
あったようにも思われます。

若い男の顔はただ美しいのです。ところが中年すぎの男の顔は、いわゆる美醜をこえた美しさ
をもっているように思われます。(この美醜を越えた美しさを、『立派な』という形容詞で呼ぶの
が普通のようです)こんなことを、お考えになったことがありませんか!

じっさい、五十歳六十歳になってほんとうに美しい立派な顔をした男性を、私たちはときどき
見うけます。そこでは、鼻が低いとか、口が大きすぎるとかいったことは、ちっとも問題になら
ず、かえって、その顔の『立派さ』に役立っているようにさえ見えます。
なぜ、これから結婚しようとしている皆さまに向って、こういう老人の顔の美醜について、私
は書いて来たのか。いうまでもなく、結婚というものが一年や二年で終るものではなく、終生に
わたる事柄であるからなのです。男の顔は女性の顔よりもデリケートな変化に富んでいるように

思われます。たとえば五十歳過ぎた美しい女性にあったぱあい、私たちはよくこういいます。「あ
の人、若いころ、どんなに美しかったでしょうね!」と。ところが五十歳すぎて立派な顔をした
男にぶつかったとぎ、私たちはそんなふうには言いません。ただ、すばらしい容貌だ!というだけです。
男の顔は年齢とともに変化します。そして変化の方向は、
その人の心構えや意志の力や仕事に対する熱意やlそういった精神的なものの線にそっていると思われます。

こんなふうに考えてくると、結婚の相手としての男性をえらぶぱあい、精神的なものが肉体的な美醜より大切なようにも思われます。
夫婦間で問題が出たとき、複雑であればあるほど解決に時間が掛かります。
そうならない為にも、相性が合う素敵な結婚相手を見つけましょう。

参考:結婚相談所 選び方
045

不健康な容貌の持ち主

とにかく、こういう考えかたを、近代的なあなたがたが、まさか少しでもおもちだとは思いません。
容貌、容壌の美しい男性は、美しい女性と同じように、好ましいものと考えるのが、スナオな考え方ではないでしょうか。
鴎外の小説のヒロインを、私は好まないのです。かといって美男を択びなさいといってるのじやありません。
病的な印象を与えるような顔の人、不健康な容貌の持ち主、なんとなくヨゴレた感じのする顔l
こういう人を選ばないほうがいいといってるにすぎないのです。
つまり、男の顔というものは、一般にお化粧をしませんし、それだけに、病的な顔ははっきり病的なのです。
そして病的な顔1人に不快な感じを与えるような顔は、いかにその人に財政の手腕があったとしても、
朝夕眺めていい気持のものではありますまい。

俺の顔はみっともないl夫はときどき考え、あの人の顔は全く美しくないl妻のほうで
もときどきこう考えるとすれば、夫婦の間に口に出していえぬ心の溝ができるかもしれません。
じっさい、考えてみると、浅はかなことですが、男のぱあいにも、女のぱあいにも、顔の美醜は
しばしば、不当な自信や劣等感の原因になりやすいものです。
右にみてきたのは、法律上禁止されている結婚相手でしたが、法律上は禁止されなくても、結婚をより成功的にするために、できるだけさけたい州手というものがあることは、いうまでもあ
りません。
結婚に悪いイメージを持っていても、一歩踏み出してください!結婚相手を探せば、
あなたに合った探し方も探せるので不安や悩みも解決してくれるサービスを見つけられます。

出典元:出会い系 サクラいない
038

女性の自信

けれども、ほんとうにそういうものでしょうか、醜い容貌の男を、
醜いから立派な男だと考えるのは、たいへんコッケイな理屈のように思われます。
こういう考えかたはおそらくひと昔もふた昔も前の男性観のように私には思われます。
それにしても、いったい、どうしてこういうバカげた理屈がでてきたと思います?
私には、さしあたって次のような理由しか考えられないのです。

第一に、自分の容貌とかなりふりにちっとも頭を使わないような男は、それだけ精神とか仕事とかに頭を使うだろう、
だから、しぜん、彼は立派な男になるだろう、という理由。
第二に、容貌や容婆の端正でない男は、結婚後も女性の問題で間違いをおかすことが少ないだろう、
だから安全だという理由。

第一の理由は、もちろんぜんぜん根拠のないことだと思います。男性にしたって、青年期には、
自分の容貌の美醜をたいへん気にするものです。「俺はこの顔では、女にはとても縁がなさそうだ
から女のほうはあきらめて、精いっぱい、人間を磨くことにしよう」lこんなふうに考える男
性だって、たまにはいないこともないでしょうが、どうも容貌が醜ければ精神は美しいだろうと
いう考えかたには、どんなことがあっても、私は賛成する気にはなれないのです。同時にこれと
おなじ考えかたを女性にあてはめて、「あの人はあんな美しい顔をしているから、きっとこころは
夜叉だろう」などといういい方にも賛成したくないのです。

第二の理由の間違っていることについて、いまさら申しあげるまでもないと思います。みっと
もない男を夫にもてば、女性の問題で心配しなくてもすむという考えかたは、第一、妻としての
女性の自信のなさを露骨に示しています。顔も心も美しい男性を夫にもち、その夫を終生、自分
にひきつけておくだけの自信をなぜもってはいけないのでしょうか。
相性が合う結婚相手をみつければ、夫婦間に問題が生じて解決するために
ここに書いたような大変なことをしないで済むかもしれません。

参考:
023

未来の夫

美しい男性について
未来の夫を見つける、あるいはえらぶぱあい、その人の顔が、美しいとか醜いとか、スタイルがいいとか、悪いとか、そういうことを問題にするのはまちがっている、
男として大切なものは、容姿とか容貌ではなくして、むしろ、才能と性格なのだ、あなたはこんなふうに考えていますか。
かりに、あなたはこんなふうに考えていないとしても、あなたの周閉の方々とりわけ、ご両親はこんなふうに考えていらっしゃるのではないでしょうか。
なにしろ、昔の人たちは男性を評価する上に、容貌や容姿をいっさい問題にしないことがほんとうだ、と考えていたようですから。
いや、単に問題にしなかっただけではありません。あなたがかりに美しい青年を結婚の相手としてえらぼうとしその人の写真かなんかを年とった叔父さんにでも見せたとしましょう。
「顔は今ハカにきれいだが、それだけに中身のほうはカラッポじゃないのかい?」なんて、口の悪い叔父さんはいわないともかぎりません。
「顔だちはよくないが、人間は立派だよ」親というものはしばしば、こういうふうにいいたがるものです。
森鴎外の小説でしたか、顔の美醜よりも人物が第一だ、という理由で、みにくい男と進んで結婚をした女性を、描いた作品がありました。
じっさい、昔から結婚の相手としての男性の容貌を、とやかくいうのは見当ちがいで、むしろ、醜いほうが立派な男性だというふうに考えられていました。


出典元:安心出来る 出会系
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